東京高等裁判所 平成8年(行コ)114号 判決 1998年2月18日
主文
一 本件控訴をいずれも棄却する。
二 控訴費用は、控訴人らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人ら
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人東京都知事(以下「被控訴人知事」という。)が被控訴人日本化学工業株式会社(以下「被控訴人日化工」という。)及び被控訴人株式会社熊谷組(以下「被控訴人熊谷組」という。)に対して原判決別紙物件目録記載の土地のうち原判決別紙図面の太線で囲んだ部分に埋設されている六価クロム鉱さい及びその処理施設の収去を請求しないことが違法であることを確認する。
3 被控訴人日化工及び被控訴人熊谷組は、東京都に対し、原判決別紙物件目録記載の土地のうち原判決別紙図面の太線で囲んだ部分に埋設されている六価クロム鉱さい及びその処理施設を収去せよ。
4 被控訴人日化工は、東京都に対し、平成五年一二月一六日から原判決別紙物件目録記載の土地のうち原判決別紙図面の太線で囲んだ部分に埋設されている六価クロム鉱さい及びその処理施設を収去するまで一か月当たり二〇四万六二四〇円の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は、第一、第二審とも、被控訴人らの負担とする。
二 被控訴人ら
主文と同旨
第二 当事者の主張
当事者の主張は、次のとおり訂正し、又は付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。
一 原判決五頁一〇行目の次に行を改めて
「(四) 廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃棄物処理法」という。)は、一・五PPMを超える六価クロム鉱さいを特別管理産業廃棄物として、一般の産業廃棄物と区別して、より厳しい規制の対象としているところ、本件工事には、本件処理施設を設置するについて同法の要求する産業廃棄物処理場設置の許可を得ておらず、また、六価クロム鉱さいを運搬、処分するについて同法の要求する特別管理産業廃棄物の運搬、処分に必要な手続をとらず、しかも、本件処理施設は同法の定める技術基準を満たしていないという違法があるのみならず、本件工事は、東京都環境影響評価条例に定める環境影響調査をすることなく、かつ、六価クロム鉱さいの無害化処理をしないで施工された違法がある。このように本件工事の違法は、悪質かつ許し難いものであるから、東京都の環境保全局がこれを看過してした財務会計上の行為である本件工事の施工の承認も違法である。」
を加え、同一一行目の「(四)」を「(五)」と改める。
二 原判決一一頁一一行目の「(三)及び(四)」を「(三)から(五)まで」と改める。
三 原判決一二頁四行目の「(三)及び(四)」を「(三)から(五)まで」と改め、同八行目の次に行を改めて
「1 東京都における行政財産の使用許可については、法二三八条の四第四項に基づく東京都公有財産規則(甲第三〇号証。以下「財産規則」という。)の規定により行われており、東京都の各局の事務・事業の用に供される財産の管理は当該局の局長が行うものとされている(財産規則四条一項)。そして、所管局以外の局が当該財産を本来の用途又は目的以外の理由で一時的に利用する場合については、財産規則上明文の規定はないものの、国有財産法一四条六項の規定及び東京都における一般の使用許可に準じた取扱いが行われており、これを実務上「使用承認」と称しており、東京都の建設局においては、その所管する財産の管理について、建設局公有財産要綱(乙第一七号証。以下「建設局要綱」という。)が定められ、その二条七号及び三一条に使用承認についての規定が置かれている。」
を加え、同九行目の「1」を「2」と改める。
四 原判決一三頁三行目の「六価クロム鉱さいの処理」を「六価クロム鉱さい恒久処理施設工事」と、同五行目から同一四頁一行目までを次のとおりそれぞれ改める。
「 すなわち、被控訴人日化工が本件土地において本件工事を行い、本件処理施設を築造したことは、本件協定に基づく六価クロム鉱さい処理の一環としてされたものであり、具体的には、平成五年九月九日、東京都において土壌汚染対策を所管している環境保全局、本件土地を所管している建設局及び被控訴人日化工の担当者が出席して開かれた会合において、本件土地において前記のような六価クロム鉱さい恒久処理施設工事を行うことが合意され、本件土地を所管する建設局長は、右合意に基づき、この合意内容を実現するため、被控訴人日化工が本件工事を施工するためには本件土地を使用することが必要であることを認識した上で、建設局要綱の定めに基づき、環境保全局長に対して本件土地の使用承認をし、環境保全局長は、右使用承認に基づき、同年一一月九日、被控訴人日化工に対して本件工事を指示し、被控訴人日化工は、右指示に基づき、本件土地において本件工事を行ったものである。」
第三 証拠(省略)
理由
一 当裁判所も、控訴人らの被控訴人知事に対する怠る事実の違法確認請求及び被控訴人日化工に対する損害賠償請求に係る各訴えは不適法であるから、却下されるべきであり、被控訴人日化工らに対する本件処理施設の収去請求は、いずれも理由がないから、棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり訂正し、付加し、又は削除するほかは、原判決理由説示のとおりであるから、これをここに引用する。
1 原判決一七頁二行目の「ところで」から同行目から同三行目にかけての「という。)」までを「法は、地方公共団体の執行機関又は職員による法二四二条一項所定の財務会計上の違法な行為又は怠る事実が究極的には当該地方公共団体の住民の利益を害することとなるものであることから、これを防止し、又は是正するため、地方自治の本旨に基づく住民参政の一環として、住民が法二四二条の二第一項一号から四号までに定める訴えを提起することを認め、これにより地方公共団体の執行機関又は職員の違法な財務会計上の行為又は怠る事実を予防し、又は是正し、もって、地方公共団体の財務会計上の違法状態の是正を図ることとしたものである。そして、同項一号は、当該執行機関又は職員に対する当該行為の全部又は一部の差止めの請求を、同二号は、行政処分たる当該行為の取消し又は無効確認の請求を、同三号は、執行機関又は職員に対する当該怠る事実の違法確認の請求(以下「三号請求」という。)を、同四号は、地方公共団体に代位して行う当該職員に対する損害賠償の請求若しくは不当利得返還の請求又は当該行為若しくは怠る事実に係る相手方に対する法律関係不存在確認の請求、損害賠償の請求、原状回復の請求若しくは妨害の排除の請求(以下「四号請求」という。)をそれぞれ定めるが、三号請求」と、同六行目の「あるから」を「あるのに対し、四号請求は」と、同七行目の「場合には、」を「場合に、住民が」とそれぞれ改め、同八行目の「代位して」の次に「右実体法上の権利の行使として」を加え、同行目の「行う」から同九行目の「比較すると」までを「損害賠償等の請求をして、直接に財務会計上の違法状態の是正を図ることを目的とするものであり、両者を比較すると、三号請求は」と、同一一行目の「もとより」を「しかしながら」とそれぞれ改める。
2 原判決一八頁一行目の「実体法上の」から同四行目の「本訴において」までを「財務会計上の違法状態の是正を図る手段として、三号請求及び四号請求のいずれを提起するかあるいは両請求を提起するかは、専ら住民の意思に委ねられているというべきである。しかも、法が四号請求を提起することが可能な場合についても、三号請求を排除することなく、これを提起することを認めているところに照らし考えると、三号請求は、前記のとおり、執行機関又は職員の財務会計上の怠る事実の違法を確定し、これによって、執行機関又は職員に作為義務の履行を促し、これを通じて財務会計上の違法状態の是正を図ることを目的とするものではあるが、その主たる目的は、前段の怠る事実の違法の確定にあり、後段の財務会計上の違法状態の是正は、執行機関又は職員が怠る事実を違法と確定する判決の効力に拘束されることによる当然の帰結であるというべきである。そして、三号請求と四号請求とでは、その他被告とされるべき当事者及び判決の効力の及ぶ範囲を異にするなどの点を考慮すると、三号請求は、財務会計上の違法状態の是正という点においては、四号請求よりも間接的なものではあるが、四号請求を提起した場合にはもはや三号請求の提起が許されないと解することは相当でないというべきである。
したがって、本件において、控訴人らは、被控訴人知事に対し、同被控訴人が被控訴人日化工らに対して本件処理施設の収去を請求しないことの違法の確認を求める三号請求を提起するとともに」と、同六行目から同一九頁一一行目までを
「 いるが、右四号請求の提起によって、右三号請求は不適法であるとする被控訴人知事の主張は、採用することはできない。
三 しかしながら、控訴人らの被控訴人知事に対する請求は、被控訴人日化工らが本件土地に本件処理施設を埋設して右土地を不法に占有していることを前提として、被控訴人知事が被控訴人日化工らに対して本件処理施設の収去を請求しないのは本件土地の管理を怠るものであるとして、その違法確認を求めるものであるところ、後に認定説示するように、被控訴人日化工らは、本件土地を占有しているものとは認められないから、被控訴人知事に本件土地の管理を怠る事実があるものとはいえず、したがって、控訴人らの被控訴人知事に対する右請求に係る訴えは、違法確認の対象である怠る事実の存在を欠くことになり、結局、不適法であるといわざるを得ない。
四 したがって、控訴人らの被控訴人知事に対する請求に係る訴えを不適法として却下した原判決は、結局、相当である。」
とそれぞれ改める。
3 原判決二八頁八行目の「乙第六号証」の次に「、第一九、第二〇号証」を、同九行目の「乙第九号証」の次に「、第一五号証、第一七号証」をそれぞれ加える。
4 原判決二九頁二行目の「第一二号証」の次に「、証人高木省三の証言により原本の存在及び成立を認める乙第一六号証並びに成立を認める乙第一八号証」を加え、同行目の「の証言」を「及び同高木省三の各証言」と改め、同八行目の「下に、」の次に「本件区域に」を、同九行目の「搬入して」の次に「、同地に埋め立てられている鉱さいと」をそれぞれ加え、同行目の「定め」を「本件協定に定め」と改める。
5 原判決三〇頁二行目の「本件協定で予定した前記」を「昭和六三年ころには前記工場跡地における処理容量が限界に達し、右」と、同四行目の「残されて」から同一一行目末尾までを「なお残されていたため、環境保全局では、六価クロム鉱さいの処理を進めるための新たな候補地の選定及びその土地に応じた処理工法等を検討し、その結果、平成四年一二月一五日付けの都市計画変更により都市計画公園予定地とされた東京都江東区大島九丁目七三一番一外の本件土地を含む都有地(以下「本件処理地」という。)を六価クロム鉱さいの処理地として適当であると考え、本件処理地を管理している建設局に協力を求めるとともに、平成五年二月ころから、汚染土壌処理に関する専門家により構成された市街地土壌汚染対策検討委員会において、本件処理地において六価クロム鉱さいを処理するための技術的、専門的な事項について検討を行い、その結果、同年九月一六日、六価クロム鉱さいをコンクリート製の処理槽に封じ込めるという方法により処理する案を確定した。他方、本件処理地は、もともと、東京都が市街地再開発事業用地として取得し、建設局において管理していた行政財産であったが、前記のとおり、平成四年一二月一五日付けの都市計画変更により都市計画公園予定地となったことから、その地下にコンクリート製の処理槽を築造しても公園としての管理には特段の支障はないと判断されたため、建設局としても、本件処理地を六価クロム鉱さいの処理地として使用することを承認することとし、環境保全局と協議を重ねた。そして、本件処理地において六価クロム鉱さいの処理を行うについては本件協定の定めるところにより被控訴人日化工と改めて協議する必要があったところから、平成五年九月九日、環境保全局、建設局及び被控訴人日化工の各担当者が集まって、亀戸・大島地区市街地再開発事業の汚染土壌処理に関する総合調整会議を開催し、協議した結果、未処理の六価クロム鉱さいは、本件処理地において、前記市街地土壌汚染対策検討委員会が暫定案としてまとめた処理工法によって処理すること、その作業は、本件協定の履行の一環として、東京都(環境保全局)の指導の下に、被控訴人日化工が費用を負担して実施することなどが合意された。」とそれぞれ改める。
6 原判決三一頁一行目の「環境保全局長は、」の次に「前記のとおり、平成五年九月一六日」を加え、同二行目の「平成五年」を「同年」と改める。
7 原判決三二頁二行目の「東京都公有財産規則」を「財産規則」と改め、同四行目の「(四条一項)、」の次に「行政財産を国又は他の地方公共団体等において公用又は公共用に供するため使用するとき等の場合には使用許可をすることができるものとされている(二九条の二)ところ、行政財産を所管局以外の局において一時的に使用する場合については、財産規則上明文の規定はないものの、使用許可に準じた取扱いがされており、建設局においても、その所管する財産の管理について建設局要綱を定め、他の局長等に対して所管の財産の使用を承認することを「使用承認」と呼び(二条七号)、使用承認の手続を定めている(三条)。」を、同五行目の「平成五年」の次に「一一月二五日、建設局長に対し、本件土地及びその付近の土地約七五〇〇平方メートルを六価クロム鉱さいの処理地として使用することについて承認を求め、同年」をそれぞれ加え、同六行目から同七行目にかけての「本件土地及びその付近の土地約七五〇〇平方メートルにつき」を「右土地について」と改める。
8 原判決三四頁四行目から同四二頁三行目までを次のとおり改める。
「1 前記認定によれば、東京都は、被控訴人日化工の工場から排出され、本件区域に埋め立てられている六価クロム鉱さいの処理が環境保全のみならず本件区域における防災拠点建設事業の推進に不可欠であるとして、昭和五四年三月八日、被控訴人日化工と本件協定を締結し、これに基づき、東京都の指導の下に、被控訴人日化工において、その所有の小松川南北工場跡地内において六価クロム鉱さいの処理を行ってきたが、昭和六三年ころには右工場跡地における処理容量が限界に達したことから、環境保全局において、未処理の六価クロム鉱さいの処理をするための新たな候補地の選定を行い、建設局所管の本件土地を含む本件処理地を六価クロム鉱さいの処理地として適当であるとして、建設局に協力を求め、その了解を得た上、平成五年九月九日、環境保全局、建設局及び被控訴人日化工の各担当者が協議し、未処理の六価クロム鉱さいは本件処理地の地下にコンクリート製の処理槽を設置し、これに汚染地で掘削した六価クロム鉱さいを封じ込める方法によって処理すること、その作業は、本件協定の履行の一環として、環境保全局の指導の下に、被控訴人日化工がその費用を負担して実施すること等が合意され、右合意に基づき、環境保全局長は、建設局長から、本件土地を六価クロム鉱さいの処理地として使用することについて使用承認を受ける一方、被控訴人日化工に対し、本件土地において六価クロム鉱さいの処理をすることを指示し、その結果、被控訴人日化工らは、本件土地において本件工事を施工したものである。
右認定によれば、東京都(環境保全局)は、環境保全の見地から、自らの行政施策として、被控訴人日化工所有の小松川南北工場跡地において処理しきれなかった六価クロム鉱さいを建設局において市街地再開発事業用地(公園予定地)として管理していた本件土地を含む本件処理地内で処理することとし、本件協定に基づく被控訴人日化工との協議を経て、環境保全局の指導の下に、被控訴人日化工に費用を負担させて本件工事を施工させたものであり、本件工事の施工主体は、東京都において環境行政を所管する環境保全局であり、被控訴人日化工は、原因者負担の見地から、環境保全局の指導の下に、汚染土壌である六価クロム鉱さい処理のための費用を負担し、その指示を受けて本件工事の施工をしたにすぎず、いわば、環境保全局の行う六価クロム鉱さい処理の履行補助者としての立場にあったものとみるのが相当である。したがって、本件土地に本件工事によって埋設された本件処理施設も、環境保全局が、その費用は被控訴人日化工に負担させながらも、自らの工事として埋設したものであり、これについて被控訴人日化工の所有権その他の権利が発生する余地はなく、それゆえ、本件土地について被控訴人日化工による占有の有無又は使用権原の存否の問題は生じないものといわざるを得ない。本件土地において本件工事を施工するに当たって、建設局長が環境保全局長に対してのみ本件土地の使用を承認し、被控訴人日化工に対してはそのような手続をとっていないのも、本件土地における本件工事が右のように環境保全局長が主体となってその所管する環境保全行政の施策の一環として施工するものであったことを物語るものといえよう。
2 以上のとおりであるから、被控訴人日化工は、本件土地を占有しているとはいえず、したがって、また、被控訴人日化工から本件工事を受注してこれを施工したにすぎない被控訴人熊谷組が本件土地を占有しているといえないことも、明らかである。
四 そうすると、被控訴人日化工らが本件土地を占有していることを前提とする控訴人らの被控訴人日化工らに対する本件処理施設の収去請求は、その余の点について検討するまでもなく、理由がなく、棄却を免れない。」
二 よって、当裁判所の右判断と結論を同じくする原判決は結局相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法六七条一項、六一条、六五条を適用して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結の日 平成九年九月一七日)